東京高等裁判所 昭和26年(ナ)39号・昭26年(ナ)40号 判決
原告 米田秀夫 外一名
被告 東京都選挙管理委員会
被告補助参加人 町山与一郎 外二名
一、主 文
昭和二十六年四月二十三日施行の東京都葛飾区議会議員選挙における当選の効力につき原告森田進のした訴願に対し同年八月二十一日被告のした裁決は、これを取消す。
右選挙における町山与一郎の当選はこれを無効とする。
原告森田進のその余の請求及び原告米田秀夫の請求は、いずれもこれを棄却する。
訴訟費用はこれを三分し、その一を原告米田秀夫の、その余を被告の各負担とし、参加費用はこれを三分し、その一を参加人町山与一郎の、その余を原告米田秀夫の各負担とする。
二、事 実
第一、原告らの請求の趣旨
原告ら訴訟代理人は
一、原告森田進の関係につき「昭和二十六年四月二十三日施行の東京都葛飾区議会議員選挙の当選の効力につき原告森田進のした訴願に対し同年八月二十一日被告のした裁決はこれを取消す。右選挙における町山与一郎の当選はこれを無効とする、右選挙における原告森田進の当選を確認する、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め
二、原告米田秀夫の関係につき「昭和二十六年四月二十三日施行の東京都葛飾区議会議員選挙の当選の効力につき原告米田秀夫のした訴願に対し同年八月二十一日被告のした裁決はこれを取消す、右選挙における落合真一の当選を無効とする、もし右落合真一の当選が無効とされないときは町山与一郎の当選を無効とする、右選挙における原告米田秀夫の当選を確認する、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求めた。
第二、原告らの請求の原因
一、原告ら訴訟代理人は原告森田進の請求の原因及び被告の主張に対する反論として次のとおり述べた。
(一) 原告森田は昭和二十六年四月二十三日施行された東京都葛飾区議会議員選挙に際しその候補者であつたところ、選挙の結果その得票九七六票で、最下位当選者町山与一郎の得票九七九票との差三票で次点とされ、選挙会において落選と決定された。これに対し原告森田は右町山らの当選の効力に関し葛飾区選挙管理委員会に対し異議の申立をしたところ、同年五月十日選挙管理委員会は原告森田の異議を却下する旨の決定をしたので、さらに原告森田は同年五月二十三日被告東京都選挙管理委員会に訴願を提起したところ、被告は同年八月二十一日原告森田の訴願を棄却する旨の裁決をし、同月二十三日その裁決書を同原告に交付した。
(二) しかしながら、右選挙における原告森田進の有効得票数は九八三票であつて、最下位当選者町山与一郎の得票より上位にあり、当然当選となるべきものである。すなわち、右選挙の開票当日である昭和二十六年四月二十四日午後九時半頃開票終了し最終発表前に、原告森田は、第一開票所にあてられた葛飾区役所の建物に続く葛飾区議会事務局内で、開票係員である佐藤四郎から、原告森田の得票数は疑問票「藤田進」と記載されたもの以下五票がいずれも有効と決定し、さらに完全な有効票二票が出た結果、有効得票の合計は九八三票となり、当選確実であると報ぜられた事実がある。しかるに、右第一開票所には元都議会議員で、その頃行われた都議会議員選挙に立候補中の長瀬健太郎が、紙鉛筆を携え不法に立入り、係員らと接渉したり、場内から参観人席に向つて情報を提供したり、またそれまではるかに当選圏外にあつた候補者落合真一の得票がにわかにふえて千票以上の得票で当選圏内に入り順位の変更を来たす等、全体として開票の公正を疑わせるものがあつたが、同開票所においてはなかなか最終発表を行わず、すでに立会人もいなくなつた翌二十五日午前一時頃になつてようやくこれを行つたが、それによれば、右町山与一郎が得票九七八票で議員定数四四名中第四四位、原告森田は得票九七六票で次点とされており、同月二十五日区役所内に掲示された得票数によれば、右町山の得票はさらに一票を加えて九七九票となり、原告森田との差は三票とされるにいたつたのであつて、これらの事実によれば、原告森田の有効得票中七票が開票の際何人かによつて故意に抹消されたか又は故意もしくは過失で他の候補者の得票中に混入されたものと断ぜざるを得ない。従つて原告森田の右七票を正当に計上すれば、選挙会の決定した当選人の得票数に誤りがないとしても、なお原告森田の得票は最下位当選人である町山より多く、従つて、町山は落選、森田は当選とされるべきものである。
(三) 仮にそうでないとしても、右選挙における選挙会の決定は投票の有効無効に関する誤つた判定にもとずいている。すなわち
(1) 右選挙において無効投票とされている中で
(イ) 単に「モリ」「もり」又は「森」と記載された投票検甲第一ないし一一号証同第四一ないし第四三号証の合計一四票は、右選挙における候補者中には森もしくはこれと同音の氏又はこれを冠する氏名の者はないから、いずれも原告森田進に投票されたものというべきであり、
(ロ) 検甲第一二、一三、一五、一八号証の合計四票は、いずれも森田進をさすものと判読し得るから、原告森田のための有効投票であり、
(ハ) 検甲第一四、一六、一七号証の合計三票は同時に行われた葛飾区長選挙の候補者高橋佐久松と原告森田の氏名を誤つて連記したもので他意はないから、原告森田のために有効投票とされるべきものであり、
(ニ) 検甲第四九ないし五一号証の三票は、いずれも原告森田をさすことは明らかであるから、原告森田のための有効投票とされるべく、
以上二四票(但し右検甲第五一号証はすでに有効とされて原告森田の得票九七六票中に数えられているからこれを除く)を計上すれば、原告森田の得票は九九九票となる。
(2) これに対し町山与一郎の有効投票とされているうち
(イ) 検甲第二二、二九ないし三五、三七、七四ないし九三、九五号証の合計三〇票は、すべて候補者の氏名の外他事を記載したものであり、
(ロ) 検甲第二四、二五、二七、二八、三六、三八、九四号証の合計七票は、いずれも候補者の何人を記載したか確認できないものであり、
(ハ) 検甲第二六号証は、候補者でない者の氏名を記載したか、若くは候補者の何人を記載したか確認し難いものというべく、
(ニ) 検甲第三九、四〇号証の二票は、明らかに同一人の筆跡であるから、そのうち少くともいずれかの一票は投票者が自書しないものであり、
以上三九票は無効投票であるから、これを町山の右得票から減ずればその有効投票は九四〇票となる。
(3) この原告森田の得票と町山の得票とをくらべれば、原告森田の得票は町山のそれをはるかにしのぐことは明らかであるから、本件選挙における町山の当選は無効とされるべきものであつて、原告森田が当選したものであることは明らかである。
(四) しかるに被告は原告森田の前記訴願に対する裁決において原告森田の訴願を棄却したのは失当であるから、ここにこれが取消を求めるとともに、右選挙における町山の当選を無効とし、原告森田の当選を確認する旨の判決を求める。
(五) 被告主張の事実中、本件選挙と同時に施行された葛飾区長選挙における候補者中に森居康なるものがあること、被告主張の検乙第一号証の投票が他事記載として無効とされるべきことはこれを認めるが、検乙第二号証の一票は他事記載と認めるべきでなく原告森田のための有効投票である。
二、原告ら訴訟代理人は原告米田秀夫の請求の原因として次のとおり述べた。
(一) 原告米田は前記選挙における候補者であるところ、選挙の結果その得票九七三票で議員定数四四名のところ第四六位となり、選挙会において落選と決定され、候補者落合真一は得票一〇三六票(最下位から数えて十一人目)同町山与一郎は得票九七九票(最下位)でいずれも当選と決定された。これに対し原告米田は当選の効力に関し葛飾区選挙管理委員会に異議の申立をしたところ、同年五月十日同選挙管理委員会は異議を却下する旨の決定をしたので、さらに原告米田は同年五月二十三日被告東京都選挙管理委員会に訴願を提起したところ、被告は同年八月二十一日原告米田の訴願を棄却する旨の裁決をし、原告米田は同月二十三日その裁決書の交付を受けた。
(二) しかしながら、右選挙における原告米田の有効得票数は九八〇票である。すなわち、右選挙の開票当日である同年四月二十四日午後八時頃、開票終了し疑問票整理前、前記第一開票所においてされた発表では、原告米田の得票は九八〇票とされておるのであつて、現にその頃同所で原告米田の運動員後藤務、同安達勝録が区選挙管理委員会委員である中野守一にたずねたところ、同人から第一開票所における原告米田の得票は五五票であるとの報告を受け、また同運動員綱代宣明、佐藤和男、佐藤実らもその頃同所で開票係員佐藤四郎から同様の報告を受けた事実があり、これより先すでに開票を終り得票数の確定していた第二開票所における原告米田の得票九二五票とあわせてその得票合計九八〇票となるもので、その得票順位は第四三位であつたのである。しかるに、右第一開票所においては原告森田主張の一の(二)のような長瀬健太郎の行為があり、また右第一開票所で疑問整理前にはわずかに九三六票で、はるか当選圏外にあつた候補者落合真一が突然得票一〇三六票で一躍三四位にのし上り、にわかに順位に変更を来したけれども、疑問票整理中に落合のみについてこのような多量の有効投票が出る道理はなく、同人の得票は故意又は過失による集計のあやまりであり、その真実の得票は原告米田のそれより少いものと信ずべきものである。しかるにその後右第一開票所における原告米田の得票は四八票と発表され、第二開票所の得票と合計して九七三票とされたものであつて、第一開票所における原告米田の有効投票中七票は何人かにより故意に抹消されたか又は故意もしくは過失で他の候補者の得票中に混入されたかのいずれかであると断ぜざるを得ない。すなわち、原告米田の得票は真実は右落合のそれより多いものであり、また最下位当選人である町山与一郎の得票九七九票よりも多いものである。従つて、右選挙における落合真一の当選は無効とされるべきであり、仮りにこれが無効でないとすれば、右町山与一郎の当選は無効とされるべきもので、これに代つて原告米田が当選となるべきものである。
(三) 仮にそうでないとしても、右選挙における選挙会の決定は投票の有効無効に関する誤つた判定にもとずいている。すなわち、
(1) 右選挙において無効投票とされている中で、検甲第四四号証の一票は、「よ禰た」と判読し得られるから原告米田のための有効投票であつて、原告米田の得票は九七四票となる。
(2) これに対し落合真一の得票中
(イ) 検甲第五二ないし五四号証の三票は、いずれも候補者の氏名の外他事記載があり、
(ロ) 検甲第五五、五六号証の二票は、候補者の何人を記載したか確認し難いから
いずれも無効と解すべきであつて、同人の得票中からこれをさし引けば、その得票は一〇三一票であり、
(3) また町山与一郎の得票とされたものの中、原告森田主張の一(三)(2)のとおり無効投票三九票があるから同人の得票は九四〇票となる。
(4) 従つて仮に右落合の当選が無効でないとしても、原告米田の得票は最下位当選者町山の得票より多いから、町山の当選は無効とされなければならない。
(四) しかるに被告は原告米田の前記訴願に対する裁決においてその訴願を棄却したのは失当であるからここにこれが取消を求めるとともに、右選挙における落合真一の当選を無効とし、原告米田の当選を確認する旨の判決を求め、もし落合の当選無効が認められないとすれば、この点につき町山与一郎の当選を無効とする旨の判決を求める。
第三、被告の答弁及び主張
被告指定代理人は「原告らの請求を棄却する、訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求め、答弁及び主張として次のとおり述べた。
一、原告ら主張の事実中、原告らが昭和二十六年四月二十三日施行の東京都葛飾区議会議員選挙における候補者であつて、選挙の結果原告森田は得票九七六票で次点、原告米田は得票九七三票で議員定数四四名のところ第四六位となり、選挙会においていずれも落選と決定されたこと、右選挙において候補者町山与一郎の得票は九七九票、同落合真一の得票は一〇三六票で右町山は最下位、落合は最下位より数えて十一番目でそれぞれ当選と決定されたこと、これに対し原告ら主張のように原告らの異議申立、異議却下決定、訴願の提起被告の裁決及び裁決書の交付があつたことはいずれもこれを認める。
二、原告森田主張の一の(二)の事実及び原告米田主張の二の(二)の事実中、原告森田の有効投票が九八三票、原告米田の有効投票が九八〇票であるとの事実は否認する。開票当日原告らが開票係員らからその主張のような報告を受けたことは知らない。長瀬健太郎が右開票当日第一開票所の出入口附近に立入つたことは認めるが、同人のその余の行動については知らない。仮に原告ら主張のように開票当日第一開票所で原告らが係員らからその主張のような報告を受けたとしても、それは最終決定による得票数でなく、いわゆる中間得票状況に過ぎないことは同開票所の閉鎖時刻が午後十一時三十分であることからも明らかで、これをもつて正規の機関が最終的に決定した得票数を争うことはできない。また仮に当日開票所の権限のない者が立入つた事実があるとしても、具体的事実を挙げないで、只それだけで原告らの得票の計算に関し不正が行われたと主張するのは、原告らの推測に過ぎないものである。被告は訴願の裁決にあたり、関係投票を点検し、かつ原告ら主張の長瀬健太郎の不法入場の事実について調査したが、その得票の計算にはなんら誤りなく、また不正の事実も認められなかつたものである。
三、原告森田主張の一の(三)の事実中所論の投票については
(1)(イ) 検甲第一ないし一一、四一ないし四三号証は、同時に施行された葛飾区長選挙の候補者に森居康という者が実在するから、右の程度の記載では原告森田を表示するものとは認め難く、
(ロ) 検甲第一二、一三、一五、一八号証は、候補者の何人を表示したか確認し得ないものであり、
(ハ) 検甲第一四、一六、一七号証については同時選挙の区長候補者に高橋佐久松という者があることは認めるが、右三票はいずれも他事記載であり、
(ニ) 検甲第四九、五〇号証の二票は、原告森田を表示したものとは認め難いこと右(イ)と同様であり、検甲第五一号証が原告森田を表示したものとして有効であることは認めるが、これはすでに原告森田の有効投票中に数えられているものであり、
結局原告森田の有効投票として特に加えるべきものはない。
(2) 町山与一郎に関する投票については
(イ) 検甲第二二、二九ないし三五、三七、七四ないし九三、九五号証は、いずれも候補者町山与一郎の氏名の外の記載は単なる書損であつていわゆる有意の他事記載ではなく、
(ロ) 検甲第二四、二五、二七、二八、三六、三八、九四号証は、いずれも町山与一郎を表示したものと判読し得るものであり、
(ハ) 検甲第二六号証は、「まちやま」とすべきところ右「ち」を「し」と誤つたに過ぎず、
(ニ) 検甲第三九、四〇号証の二票が同一筆跡であることは認めるが、本選挙においては多数の代理投票及び選挙人の所在における代筆投票があるので、右二票が同一筆跡であることから当然にその一票を無効とすることはできず
結局原告森田主張の町山の投票はすべて有効である。
(3) しかのみならず、原告森田の有効投票とされた得票中、検乙第二号証の二票は、いずれも候補者の氏名の外明らかに有意の他事記載と認むべきものがあるから無効である。
四、原告米田主張の二の(三)の事実については
(1) 検甲第四四号証の一票は、とうてい「よねた」とは判読できず、候補者の何人を記載したか確認できないものとして無効であり、
(2) 検甲第五二ないし五六号証の五票は、いずれも候補者落合真一を記載したものと判読できるから同候補者のための有効投票であり、
(3) 町山与一郎の投票については、すべて前記原告森田の主張に対して述べたところと同一である。
五、従つて結局原告森田の得票は、選挙会で決定されたものよりさらに二票を減じた九七四票であり、原告米田の得票は依然九七三票であつて、これに対し町山与一郎の得票は九七九票、落合真一の得票は一〇三六票であるから、当落の結果はおのずから明らかであつて、原告らの主張はいずれもすべて理由がない。
第四、証拠<省略>
三、理 由
第一、争のない事実
原告ら主張の事実のうち、昭和二十六年四月二十三日施行された東京都葛飾区議会議員選挙において原告らがいずれも候補者であつたところ、選挙の結果原告森田は得票九七六票で次点、原告米田は得票九七三票で議員定数四四名に対し第四六位となり、いずれも選挙会において落選と決定されたこと、候補者町山与一郎の得票は九七九票同落合真一の得票は一〇三六票で右町山は最下位、落合は最下位から数えて十一番目でそれぞれ当選と決定されたこと、これに対し原告らがそれぞれその主張のような異議申立をし、これにつき異議却下の決定があり、さらに原告らがそれぞれ被告に対して訴願を提起したところ、被告が原告ら主張のように訴願棄却の裁決をし、その裁決書がそれぞれ原告らに交付されたことは、すべて当事者間に争ない。
第二、原告森田の請求について
一、原告森田はまず、右選挙における同人の有効得票数は九八三票であるのに、右有効投票中七票が開票に際し何人かにより故意に抹消され又は故意もしくは過失で他の候補者の得票中に混入したものであると主張するところ、証人高瀬健三の証言及び原告森田本人訊問の結果によれば、右選挙の開票当日である昭和二十六年四月二十四日の夜第一開票所にあてられた葛飾区役所の内外において、原告森田及びその選挙事務長であつた高瀬健三らが開票事務に従事した係員から原告森田の得票総数は九八三票であるとの報告を受けたことは認められるけれども、右証拠及び証人市川彌二郎、石渡菊次郎、中野守一、佐藤四郎の各証言ならびに開票録検証の結果を綜合すれば、右選挙の開票は葛飾区役所に設けられた第一開票所及び区内亀青小学校に設けられた第二開票所とも同日午前八時から同時に開始され、その開票所の閉鎖されたのは前者につき同日午後十一時三十分、後者につき翌二十五日午前三時四十分であつて、原告森田らがその得票数の報告を受けた頃はまだその開票事務が全部終つていたものでないことが明らかであるから、その得票数といつても確定的のものでなく、その頃までに判明した中間情勢に関するものと見るべきもので、このような得票数が開票事務の進行につれ殊に疑問票の判定の次第等で絶えず浮動するものであることはみやすいところであつて、固より正規の機関による最終決定の発表ではないから、この事実からして原告森田の本件選挙における得票が九八三票であると断定することはとうていできないところである。また証人田中コメ、石渡菊次郎、清水武司、中野守一の各証言及び原告森田本人訊問の結果によれば右開票当日右第一開票所内に入場資格のない長瀬健太郎が一時立入つたことをうかがい得られるけれども、右各証言によれば右長瀬は間もなく開票所管理者から退去させられていることが明らかであり、特に同人が開票事務に関して不正な干渉介入作為をしたことはこれを認めるべきなんらの証拠もないところであるから、右長瀬の開票所内立入の事実から直ちに原告森田の有効投票七票が不当に滅失されたということにはならない。その他証人田中コメ、鬼武三郎、原山坦の証言及び原告森田本人訊問の結果によつても、原告森田の得票の集計に不正が行われたことは認め難いところである、この点の原告森田の主張は失当である。
二、次に原告森田は右選挙において選挙会の決定は投票の有効無効に関する誤つた判定にもとずいていると主張するから、これについて検証の結果に基き順次判断する。
(1) 原告森田に関する投票について
(イ) 検甲第一ないし六号証の六票は投票用紙の単に「モリ」と記載され、検甲第七ないし一一、四一、四二号証の七票は同じく単に「森」と記載され、検甲第四三号証の一票は単に「もり」とのみ記載されている。本件選挙における候補者中には「森」もしくはこれと同音の氏名、氏、又は名のものがなく、また原告森田以外にこれを冠する氏をもつ者もないことは開票録検証の結果により明らかであるが、本件選挙と同時に施行された区長選挙の候補者中に「森居康」という者があることは原告森田の認めるところであつて、森居の発音はむしろ「もり」という近いところでもあり、また本件選挙の候補者中に「竹森[小豈]男」なる者もあり、その他「森」という独立の姓が相当普遍的なものであること等をあわせ考えると、前記のような記載だけではまだ森田進を選ぶ趣旨が表明されているとは認めることができない。
(ロ) 次に検甲第一二号証の一票は、「モリ」と記載された下の第三字目が正確な字を表示したものでないのであるが、その形は「タ」の字によく似ているものであつて、同票の記載を全体として見れば、「モリタ」と判読し得るところであるから、投票者において原告森田を選ぶ趣旨であつたものと認めることができる。
検甲第一三号証は六字の記載のある一票で、上二字は明らかに「もり」であり、第四五字は「すす」であるが、第三字目と第六字目はともに正確な文字の体をなさず、むしろ第三字は「や」に近く、第六字は「め」の字に似ているが、これを全体として見ると右記載は森田進の表示に最も似ているものであつて、結局同票は原告森田を表示したものと認めるべきものである。
検甲第一五号証は六字よりなり、上五字は「もおりすす」と読めるが、最後の六字目は正確な字体をなしていない。しかし候補者中他にこれに似た氏名のものがなく、同票を全体として見れば森田進を表示したものと解することができる。
検甲第一八号証は「モシダ」と判読できるが、候補者中他に類似の氏名のものもなく、同票の記載から認められる投票者の文字の素養の低いことをあわせ考えると、これは森田を表示する意思で一部その記載を誤つたものというべく、原告森田のための有効投票と認めることができる。
(ハ) 検甲第一四号証は「高橋佐久松森田進」と二行に記載したもので、高橋佐久松は同時選挙の区長候補者であつたことは当事者間に争ないが、これはやはり候補者の氏名でない他事を記載したものとして無効とする外ない。
検甲第一六号証は「森田退高橋嘘松」と二行に記載されたものであり、その字体の達筆であることからしても、真面目に候補者を選ぶ趣旨とは認められず、かつ候補者の氏名でない他事を記載したものとしてとうてい有効投票とは認め難い。
検甲第一七号証は「ススムタカハシ」と二行に記載したもので、原告森田の名の外区長候補者高橋佐久松の姓を連記したものとしても固より他事記載として無効とすべきものである。
(ニ) 検甲第四九号証は「モリイススム」と二行に記載したものであり、検甲第五〇号証は「森居進」と記載したものであり、区長候補者森居康と原告森田進とをつきまぜたような表現でいずれの氏名にも完全に一致しないものではあるが、これをそれぞれ右森居及び原告森田の氏名と対比してその類似性を比較すれば、右両票とも原告森田の氏名に対してはわずかに一字一音の相違があるに過ぎずその類似性は森居のそれより大きいところであり、かつ本件の選挙と同時に他の選挙が行われる際両選挙の候補者のいずれをも完全に表示するものでない投票の存する場合は、投票者はそれぞれ当該選挙の候補者を選ぶ趣旨で投票するものと認めるのが相当であるから、その選挙の候補者氏名に類似している以上その候補者のための投票と認めるべきである。従つてこの二票とも原告森田を表示するものとしてこれを有効と認めるべきものである。
検甲第五一号証は「藤田進」とあるが、同票はすでに被告において原告森田のための有効投票とするに異議なく、前記原告森田の得票数九七六票中に含まれていることは明らかであるから特に審究する必要はない。
(2) 町山与一郎に関する投票について
(イ) 検甲第二二、二九、三〇、三五、三七、七四ないし七九、八二ないし八八、九〇ないし九三、九五号証は、いずれも候補者の氏名の記載の外に不明の汚損があるけれどもこれらは一見して書損であることが明らかであつて有意の他事記載とは認め難い。
検甲第三一号証は一旦「町田」と書いて消したものであり、同第三二号証は「高橋佐久松」と書いて消した横に町山与一郎と記載したものであり、同第三三号証は「町山高橋」と二行に書いて消したものであり、同第三四号証は「町山美」と書いて消したもの、同第八一号証は「イ」とかいて消したもの、同第八九号証は「ユウイシ」と書いて消したものであり、いずれも書損であることは明らかであつて有意の他事記載とは認め難い。
検甲第八〇号証は「町山ナヨ一郎」とあるけれども右「ナ」は不用意の誤記と認めるべきで有意の他事記載とは認め難い。
(ロ) 検甲第二四、二五号証は、いずれも正確に「町山」と記載したものではないがこれを「町山」と判読することは困難ではないから同人のための有効投票と解すべきである。
検甲第二七号証は「マチヤ」とあるが、候補者中同音の者がないことは明らかであるから「ヤ」の一字を遺脱したに過ぎないもので町山を表示したものとして有効とすべきものである。
検甲第二八号証は「マケヤマ」とあるが、単に「マチヤマ」の「チ」の字が不正確であるにとどまり、これを表示する意思であつたことは明らかであり、同第三六号証は「マテヤマヨイテロ」と記載されたものであるが、右「テ」とあるのは「チ」の字の記載が不正確であるというにとどまり、また同第三八号証は「マチヤカヨイチロウ」と読まれるが、これも「マ」の字を「カ」の字のように誤記したに過ぎず、同第九四号証は単に「マチヤマ」の「マ」の字が不正確というだけで判読には妨げなく、いずれも町山与一郎に投票する意思であることを認めるに十分である。
(ハ) 検甲第二六号証は「まこやま」と記載されているが、これと同音の候補者はなく「まちやま」を表示したものと認められる。
(ニ) 検甲第三九、四〇号証の二票はいずれも筆書で「町山与一郎」と記載されたもので、その墨色、字体、筆勢から見て同一人の筆跡であることは一見明瞭であつて、被告もこれを争わないところであるが、本件選挙においては公職選挙法第四十八条による代理投票、同法第四十九条同法施行令第五十八条第二項による選挙人の所在における代筆投票が多数行われたことは原告らの明らかに争わないところであるから、右二票がこれを正規の代筆者の筆跡になるものでないことが明かとならない限り、右二票のうち少くとも一票が投票者の自書でないとしても、このことからして当然にこれを無効とすることはできないものというべきである。
(3) これに対し被告は、すでに原告森田の有効投票とされているもののうち二票が無効となるべきものであると主張するところ、投票の有効無効の判定を理由として当選の効力を争う訴訟において、すでに選挙会の決定、異議の決定及び訴願の裁決に際し有効投票と決定しているもののうちに無効投票があることを被告が防禦方法として主張することもまた、これを禁ずべきなんらの理由もないところであるから、これについて判断すると、
(イ) 検乙第一号証は「森田進」と記載した下に「頑張れ」と附記してあるものであつて、この記載が特段の悪意あるものとは解せられず、むしろ自己の候補者を選ぶ意思を強調したものと解せられるが、固より候補者の職業身分敬称等法律上許される記載ではなく、投票に個性の附着することを防止しもつて秘密投票の趣旨を担保しようとする法の趣旨に反する記載であることは明らかであつて、無効と断ずべきものであり、原告森田においてもこれが無効であることには異議のないところである。
(ロ) 検乙第二号証は「スヽム」と記載された「ム」の字の左右に一二の点様の痕跡があり、かつ名下に句点が附されてあるけれども、「スヽム」は「ススム」と判読し得ることは明らかであり、名下の句点はその着色の具合から見て一事を記し終つた際習慣的に打つ点と見るべきものであり、その余の痕跡については、その配置着色の体様から見てとうていなんらかの意味を表示する趣旨であつたとは解せられず、記載に際し鉛筆を上下する間に不用意に残されたものと見るのを相当とするから、この票をもつて有意の他事記載があると解することはできない。従つてこれは原告森田のための有効投票と解して妨げない。
(4) 以上のように見ると、原告森田の有効投票と認めるべきものには前記(1)(ロ)の四票同(ニ)の二票計六票があるが、右(3)(イ)の無効投票一票があるから、結局原告森田の得票はさきに決定された九七六票にさらに五票を増すこととなつて合計九八一票となる。これに対し町山与一郎の得票は結局九七九票であるから、原告森田の得票は町山のそれより二票多いこととなり、原告森田について法律上当選をさまたげる事実あることを確定しないかぎり町山を当選とすることはできない。従つて選挙会において町山を当選と決定したのは失当であり、同人の当選は無効としなければならない。従つてまた被告東京都選挙管理委員会が原告森田の訴願に対しこれを棄却した前記裁決は失当であつてこれを取消すべきものである。
(5) 以上の外原告森田は右選挙における同人の当選を確認する旨の判決を求めているが、この点については本訴訟において町山の当選が無効となる結果、選挙会においてあらためて当選人の決定をすべきであつて、その決定を経ない以前に、本訴において直ちに原告森田の当選を確認すべきものではない。この点の原告森田の請求は失当である。
第三、原告米田の請求について
一、原告米田はまず、右選挙における同人の有効得票数は九八〇票であるのに、そのうちの七票が何人かにより故意に抹消されたか又は他の候補者の得票中に混入されたものであり、かつ候補者落合真一の得票一〇三六票は故意又は過失による集計の誤りで、その真実の得票は原告米田のそれより少いものであると主張するところ、証人後藤務、安藤勝録、綱代宣明、佐藤寛の各証言及び原告米田本人訊問の結果によれば、右選挙の開票当日である昭和二十六年四月二十四日原告米田の選挙運動員であつた者らが、前記亀青小学校内の第二開票所において開票係員から同所関係の米田の得票数は九二五票との報告を受けたこと、区役所に設けられた第一開票所においては係員から同所関係の分は五五票(両者で合計九八〇票)と報告を受けたことが認められるけれども、これらの事実だけからして同人の得票が九八〇票であつたとは断定できないことは前記原告森田の主張について判示したところと同一である。また右第一開票所は長瀬健太郎が一時立入つたことのうかがい得られることも前認定のとおりであるが、開票事務についてさらに同人に不正の行為があつたことはこれを認めるべき根拠なく、原告米田の有効投票中七票が不当に滅失されたと見るべきなんらの資料もない。また同開票所において候補者落合真一の得票が故意又は過失による集計のあやまりであることは、これを認めるべき的確な証拠は存しない。その他原告米田その他候補者の得票の集計に不正が行われたことは、原告らの全立証によつてもこれを信ずべき根拠は見出し得ない。この点の原告米田の主張は失当である。
二、次に原告米田は右選挙において選挙会の決定は投票の有効無効に関する誤つた判定にもとずいているものであると主張するから、これについて検証の結果に基き順次判断する。
(1) 右選挙において無効とされている投票中検甲第四四号の一票が存するところ、同票の記載は三字よりなり、下の一字が「た」であることは明らかで、上二字はきわめて不正確ではあるが、第一字はその形「大」に類するけれども、その筆勢運筆の状況から見て「よ」と書く意思であつたことがうかがわれ、第二字はむしろはじめ不明の一字を書いた上に重ねて「ね」と書いたものと見られ、これを全体として考察すれば「よねた」と表示したものと判読し得るから、原告米田のための有効投票と認めるべきものである。従つて原告米田の得票はさきに決定された九七三票とあわせて九七四票となる。
(2) 落合真一の有効投票とされたもののうち
(イ) 検甲第五二号証は「ヲチアイ」と読むに妨げなく
検甲第五三号証には「高橋佐久松」と書いて消した部分があり、同第五四号証には「石井」と書いて消した部分があるが、これら候補者の氏名外の記載は書損であつて特に有意の他事記載とは認め難く、
(ロ) 検甲第五五号証は「オチヤキ一」とあるが、全体として落合真一を表示したものと判読し得るところであり、
検甲第五六号証は「をチヤい」と記載したもので、平がなと片かなを混用しているが落合を表示したものであることは明らかである。
従つてこれらは全部落合真一のための有効投票と認めるべきものである。
(3) 町山与一郎の得票中原告米田主張のものについては、すべて前記原告森田の同一主張に対して判断したところと同一であつて、これらはすべて有効と認めるべきものである。
(4) 以上のとおりであつて原告米田の得票は九七四票となるけれども、落合真一の得票は前記のとおり一〇三六票と認める外なく、従つて右原告米田主張の事由からは落合の当選を無効とすべき理由はなく、また町山与一郎の得票は前記のとおり九七九票であるから、同人の当選は原告森田主張の事由から無効となることは前記のとおりであるけれども、原告米田の得票が右町山の得票より多いことを理由として同人の当選を無効とすべきことを求める原告米田の請求は失当とせざるを得ない。従つてまた同一の理由によつて原告米田の訴願を棄却した被告裁決の取消を求める本訴請求も理由がなく、また右選挙における原告米田の当選の確認を求める請求も理由のないことは明らかである。
第四、結論
以上の理由によつて原告森田の本訴請求中被告が原告森田の訴願に対し昭和二十六年八月二十一日にした裁決の取消を求める部分及び右選挙における町山与一郎の当選を無効とすることを求める部分は正当として認容し、原告森田のその余の請求及び原告米田の本訴請求はすべて理由のないものとして棄却することとし、訴訟費用及び参加費用の負担につき民事訴訟法第九十五条第八十九条第九十二条ないし第九十四条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 藤江忠二郎 薄根正男 浅沼武)